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校長ブログ

~校長室の窓から~ 「卒業生への言葉」

2024.03.05

 皆さんは2023年のノーベル生理学医学賞を受賞した女性をご存じですか?カタリン・カリコというハンガリー出身の科学者で、新型コロナ感染症のワクチン開発に役立ったmRNAの研究をした人です。このmRNAの研究は医学の未来を大きく変えたといわれています。

 カリコさんはハンガリーの出身で化学に興味を持ち、研究の道へ進みました。ハンガリーでは周囲の人たちが「科学者って何?」と尋ねるくらいの片田舎で生まれましたが、持ち前の探究心で順調に研究生活を送っていました。ところが、国の財政危機で研究費がもらえなくなってしまい、研究を続けるためにアメリカに渡りました。しかし、彼女はそこで長く苦しい時期を過ごすことになります。アメリカでは彼女の研究がマイナーかつ、新しすぎて、長い間認められず、補助金を何度申請しても貰えない、という状況でした。また大学の研究室に所属していたものの、ずっと非正規雇用で、時には給料ももらえない、という経済的にも社会的にも不安定な環境で働かざるを得ませんでした。なぜ、そのような不遇の時代を耐えて研究を続けたのか、と思いますが、その答えとなるような言葉をカリコさんは同じノーベル賞受賞者の山中伸弥さんとの対談で語っています。カリコさんは常に次のように考えていたそうです。「私は自分に何ができるのか常に立ち返ります。私が変えることのできない他の人のことや状況については気にしません。私が変えられることに集中します。周囲の環境や人と比べてやる気を失う人もいます。でも自分ができることに集中すべきです。」

 SNSやインターネットで情報が氾濫する今の社会で、この考え方はとても大事だと思います。皆さんが自分の周囲を見回した時、自分よりできる人、うらやましい環境にある人達がたくさんいるかもしれない。でも自分を人と比べてばかりいても何も良い方向には向かいません。皆さんは一人一人には神様から与えられた力、タレント、恵があるということをこの清泉で学んできたはずです。周囲に振り回されることなく自分ができることに集中してほしいと願っています。皆さんは自分がこれからどのように生きていくのか、今はまだ明確に、また具体的には見えないかもしれませんが、軸になるものは知らず知らずのうちにも既に清泉で身に着いたはずです。どうすればよいか迷った時、清泉で習ったこと、考えたこと、感じたことに立ち戻ってください。そこに間違いはないと思います。清泉での6年間はきっとこれからの人生を支えてくれます。

 ところで、このカリコさんにはスーザンフランシアさんというお嬢さんがいます。そのフランシアさんはボート競技のアメリカ代表チームの一員として2回オリンピックに出て、2つの金メダルを獲得しました。それはカリコさんがノーベル賞を取るよりも前のことです。ですから、カリコさんは化学者としてよりも、オリンピック金メダリストの母として、世間に知られていました。フランシアさんは長い間功績が認められなかった母の研究により、ついにコロナワクチンが開発され、効果があると分かった時、自分のボート競技にからめて次のように言っています。

 「ボート競技ではチームのほとんどが後ろ向きに漕ぐのでゴールラインにいつたどり着けるのかわかりません。母も同じで、いつ終わりになるのか分かりませんでしたから、一つ一つの歩みが目標に近づいているのだ、と信じるしかありませんでした。振り返ればそれでここまで来ました。お母さん、私たち頑張ったよね。」 最後の部分だけ英語でも紹介します。 “It required a trust in the process that every step was getting us closer to the things we wanted to accomplish.  Looking back now, it really did work out that way.  We did it, Mom.”

Weという言葉に、苦しい時も一歩一歩、前に歩み続けてきた人間同士を称えあう気持ちがこもった、心に響くコメントだと思いました。

  そしてもう一つ、このカリコさんの研究が日の目を見るようになったきっかけは、コピー機での出会いでした。ワクチン開発の研究をしていたワイスマン教授とmRNAを医療に活かしたいと思っていたカリコさんが大学内でコピーの順番を待っているときにたまたま出会い、互いの研究について話したことから、ワクチンとmRNAが結びつき、画期的な技術に発展していったのです。ここで二人が出会わなかったら、ただ黙ってコピー機の順番を待っていただけだったら、ワクチン開発にはもっと時間がかかっていたかもしれませんし、その間にもっと多くの人が命を落としていたかもしれません。結局大事なことは人と人のかかわりです。最新の科学技術も人の繋がりがあって活かされます。ネットやテクノロジーの進歩で、私たちの世界は広がりました。しかしその一方で、人は実際の人間同士のかかわりを減らし、却って世界を狭めてしまい、自分に都合の良い世界だけで生きようとしているのではないか、と思うことが生じています。コロナ禍でその傾向は強まったようにも見えます。

 でも皆さんは新型コロナの色々な制限を経験したからこそ、人がともに感じること、思いを共有すること、実際に一緒に働くこと、語り合うことの大切さや素晴らしさを知っているはずです。これから皆さんが飛び出していく新しい世界で、ぜひ人間同士のかかわりを大切にしてください。そして自分のできることを一つ一つ、一歩一歩進めてください。そうすることであなたのゴールに近づくことができます。そして皆さんの力で社会をよりよく変えていける、と信じています。

 皆さんの未来が明るく、幸多いものでありますよう、心からお祈りしています。

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