責任と聞いてどのようなことを思い浮かべますか。よく先生方に「責任をもって○○してください、例えば責任をもって使った教室を掃除してください。」などと言われます。そうに言われたのに、散らかしたまま帰ってしまったりすると「無責任だ、責任感がない」と言われます。確かにその通り。でも「言われたことや指示されたことをちゃんとやる」のは大事なことだけれど、責任のレベルとしてはそれほど重くないと思います。
では例えば委員会の委員長、部活の部長、学校内の色々なプロジェクトの長、という立場の責任はどうでしょう。高2の引退した人、高1でこれからリーダーになる人には実感があるでしょう。この立場だと、言われたことをちゃんとやるだけでは務まりません。これからどうするのか、自ら考えて、それを実現するように動かなくてはいけません。ところが、頑張って皆をまとめようと思ってもそれぞれ考え方は違うし、温度差もあるからなかなか意見の統一ができないし、協力的でない人も出てきます。さらには、不満ばかり言う人もいます。人間関係はなかなかややこしいです。また、一生懸命苦労したにも関わらず、やろうと思っていたことがうまくいかなかったとき、周囲から叱られたり、責められたりすることもあります。特に今までと違うことや新しいことをやろうと思うと、色々なことが初めてになってしまいますから、失敗もたくさん経験します。そんなものの責任者なんて、責任ばっかり重くていやだ、やりたくない、と思う人も当然いると思います。
それは大人の社会でも同じです。今は、責任ばっかり重くて苦労が多いから責任ある立場にはなりたくない、という社会人が増えているそうです。そうかー、気持ちはわからないでもない、と思うのですがちょっと残念な気もします。責任を負わず、言われたこと、指示されたことをやるだけでは物足りないし、成長できません。私たちは任され、責任をもって何かをやる、ということから、今まで知らなかった多くのことを学びます。
私の例で恐縮ですが、私は自分の子供が小学生だった時、地域の子供会の会長を1年引き受ける羽目になりました。「羽目になりました」という言葉からわかる通り、断れなかった、というのが正直なところです。「うーん、困った」と思いつつ、引継ぎノートを頼りに新1年生の歓迎会やらお芋掘り、クリスマス会、老人会との交流などやりました。色々不慣れで大変ではありましたが、最後には「やってよかったな」と思うくらい、得られたものは大きかったです。ほかの役員の人の協力は大きな助けになりました。子供会が地域の自治会や老人会と繋がっていることもよくわかりました。子供のレクリエーションも学びました。ついでにお芋畑の場所もわかったし、駄菓子を安く買える市場もわかりました。月並みですが、何よりも子供の喜ぶ顔が嬉しかったな、と思います。
責任ある立場にないと、私たちはいろいろな事情も分からず、それこそ無責任に不平不満を言い、「こうすればいいじゃないか」と現実的でないことを言ったりします。そっちの方が全然気が楽です。でもね、と思うのです。ちょっと頑張って責任あることを引き受けたり、自分から「私がこれをやります」と何かを始めたり、という経験で、私たちはたくさんのことを学び、成長して、世界を広げることができます。
責任イコール大変だから避けたい、ではなく責任は人を成長させ、世界を広げる、とポジティブに考えてみてください。ちなみに英語で責任はresponsibility語源はresponseと同じです。つまり、何かの呼びかけに応答・反応すること。自分の心の呼びかけでも、他者からの呼びかけでも、それに反応して何かやってみようかな、引き受けてみようかな、と思ったら思い切ってチャレンジしてみましょう。きっと何かが変わりますよ。




