新学期が始まり、いよいよ今週から本格的に授業がスタートします。
そして少し落ち着いた頃には、担任の先生との面談も始まると思います。
今から少し前、高校2年生がまだ中学1年生だった頃の話です。
当時私は、中学1年の担任と高校の進路指導の教員、
いわば「二足のわらじ」で、仕事をしており、中1の面談と高校生の進路面談を、同じ場所で行っていました。
ある朝、いつものように国語科の前で面談をしていると、
印刷室へ向かう途中の数学科の、とある先生が私の横を通りかかりました。
その先生がちらっとこちらを見ると、私の前には高校3年生が座っていて、
どうやら私から厳しい話をされ、生徒が涙ぐんでいる様子。
ところが数分後、印刷を終えたその先生が数学科に戻る途中にもう一度通りかかると、
そこにいたのは、さっきまでの高3ではなく、
今度は小さな中学1年生がちょこんと座り、
「ねえ、学校には慣れた? お友達はできた?」と、私がにこやかに話している。
その様子を見て、その先生は、私のことを
「中1の指導も高3の指導もこなす器用な先生なんだな」ではなく、
「ああ、この人は二重人格なんだ……」と、真剣に思ったそうです。
こんな感じで、これまで本当にいろいろな面談をしてきましたが、
その中で、今でも忘れられない困った質問があります。
獣医学部に進学し、今はおそらく獣医師として働いているNさん。
そのNさんが高校1年生のときに、私に言いました。
「先生、なぜ一日は24時間なんでしょうか。私には27時間あっても足りません。」
いくら頑張っても、いくらやっても、数学の問題が終わらないんだ、と。
このときもNさんは泣きながら私に訴え、
周囲からは「また橋本が生徒を泣かせている」という空気になってしまいました……。
さて、今日、皆さんにお伝えしたいのは、
この「1日は24時間である」という、動かしがたい事実についてです。
この世の中で唯一、大富豪にも、学生にも、
そして私自身にも、完全に平等に与えられているもの。
それが「時間」です。
1日は24時間。
1秒の狂いもなく、全員に同じだけ配られます。
しかし、だからこそ時間は残酷でもあります。
なんとなく過ごしても、必死にあがいても、等しく消費されていく。
時間を無駄にするということは、自分の命を少しずつ切り売りしているのと同じです。
そして、時間についてのもう一つの真理。
それは、私たちに確実に約束されている未来が、
「いつか必ず死ぬ」という一点しかない、ということです。
私たちの死が一秒一秒近づいてくることだけは確実で、
それ以外の未来がどうなるかなんて、誰にもわかりません。
グリム童話の中には、
「神は人に貧富の差を与えるが、死神はすべての人に平等に死を与える。
だから死神のほうがましだ」――そんな話もあります。
さて、ここで、時間について古くから語り継がれてきた格言を一つ紹介します。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」。
欲張ると結局すべてを失うから、一つに集中せよ、という戒めです。
けれども、私はあえて皆さんに、こう提案したいと思います。
「二兎と言わず、三兎も、四兎も、貪欲に追いかけようではないか」と。
時間は、誰に対しても平等です。
だからこそ、その限られた24時間の中で、
「何羽の兎を追い、何羽の兎を仕留めるか」
それが、人生の豊かさを決めるのだと思います。
勉強も、部活動も、そして趣味も遊びも。
自分が「やってみたい」と思ったことに全力で取り組み、
この1年間を、ぜひ充実したものにしてください。




