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校長ブログ

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2021.10.04

~校長室の窓から~「 放送朝礼のお話し(教頭 小川先生)」

 10月の月目標は「平和・和解」です。ポスターは高3J組 保木本 咲子さんが作成してくれました。ポスターに描かれている人物が手を差し伸べています。和解の時や国同士が平和条約を結んだりするとき両者が手を差し出して握手する、そういうイメージを描いたそうです。

 さて、平和・和解についてお話ししようと思ったとき、私の頭に浮かんだのはルワンダです。ルワンダはアフリカ内陸にある小さな国で、面積は四国の1.5倍程度です。私がルワンダに興味を持ったきっかけは1995年の夏、当時住んでいたアメリカで、年配のご夫婦2人だけが住んでいた近所の家に突如3人の元気な黒人の子供が現れたことです。聞くところによると、世界銀行に勤めていたその家のご主人が財政支援調査のためにルワンダに行き、とんでもない数の孤児を見て、なんとかせねばと、ほとんど衝動的に3人の孤児を養子に迎えた、ということでした。 衝動的に3人の見ず知らずの子供を養子にする、ということが私にはあまりに衝撃的で、ルワンダのことを調べ始めました。

ルワンダでは1994年、大統領が暗殺されたことをきっかけに多数派のフツ族が少数派のツチ族を虐殺する、という事件が起こりました。3か月の間に約100万人(人口の10%)が殺された、といわれています。背景にはベルギーの植民地だったころ、わざとフツ族・ツチ族を区別した、という政策があったようです。 ルワンダにおけるこのジェノサイド、と言われる民族虐殺の特殊性は、それまで敵対せず、隣人同士として暮らしていた2つの部族が急に敵となり、斧や鎌といった武器を持って主にフツ族がツチ族、さらには穏健派のフツ族の人々をも襲って殺したことです。それまではフツ族とツチ族の結婚も普通に行われていて、親戚関係にあった人たちも多かったのに、です。詳しい話をすると長くなるので、興味があったら自分で調べてくださいね。

 ともかく、1994年、今から27年前、ルワンダの人たちはまさに地獄を経験しました。で、今ルワンダはどうなっているか、というと、「ルワンダの奇跡」と言われるほどの発展をして、特にIT関係ではアフリカでもっとも進んだ国になりました。治安もよく、アフリカの優等生と呼ばれています。世界には長い年月内戦に苦しむ国がある一方で、ルワンダが平和的に発展した理由はなぜでしょう?

 まずは国を挙げて民族の和解・融和を進めたことです。ジェノサイド後、リーダーとなったカガメ大統領の下、「平和・団結・和解」を掲げて国の立て直しを進めました。公式にフツ族・ツチ族の区別をなくし、虐殺を経験した人のためのケアや教育を行いました。犠牲者の慰霊碑をあちこちに立てて丁寧に弔いました。また、ルワンダには月1回土曜日に国民総出で地域の掃除や植林など奉仕活動をするウムガンダという制度もあるそうで、みんなで一緒に働くというしきたりもプラスに働いたのでは、と言われています。もちろん個人の気持ちは簡単には変わりません。私が見たドキュメンタリーでは、かつては武器を持った人が「憎しみから生まれるのは悲しみだけだ。争いからは何も生まれない」と語る一方で、家族を目の前で殺された男性は「一生のトラウマだ。許せない。」と語っていました。多くの人たちが複雑な思いを抱えながらも民族の和解に協力した結果が今の発展なのでしょう。

 世界には今でも紛争や内戦が長く続く国や地域があります。争いはなくならないのかもしれません。ただ、国全体として国民同士の和解を進め、発展しているルワンダは、武力や力ではなく、平和や和解があってこそ、繫栄や幸福、そして将来への希望が生まれるのだ、と実際に教えてくれます。

 清泉とルワンダは実はちょっと関係があり、過去2回ほど、ルワンダで義足を作る活動をしている日本人の真美さんとそのご主人のガテラさんの講演会を学校で行いました。福祉委員会でもルワンダのことを取り上げてくれていますね。コロナで真美さんのお話を聞くことが2年ほどできていませんが、真美さん・ガテラさんへの支援を続けて、ルワンダを応援したいと思います。そして和解があってこそ発展があり、前に進めるのだ、ということを忘れずにいたいと思います。

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