トップページ > ~ 校長室の窓から ~「放送朝礼のお話 (倫理科 小野先生)」

NEWS

2018.02.05

~ 校長室の窓から ~「放送朝礼のお話 (倫理科 小野先生)」

 おはようございます。
 ソフトボール部の顧問をしていたとき、試合が重なった場合など試合の監督をすることがありました。今でも試合中の胃がよじれるようなプレッシャーを覚えています。その原因はベンチから試合を応援していた時の生徒に勝って欲しいという気持に加え、勝敗の「責任」が自分にあるという気持も加わったからです。一試合がとても長く感じました。
 今月の「10の価値」は責任です。最近責任について印象に残った文章を2つ読みました。哲学者の鷲田清一は、責任とは、だれかの呼びかけに答えようとする感覚だと言ってます。また思想家であり武道家の内田樹は「私には責任無いからね」という声であふれている社会と、「それ、私の責任でやっておくよ」という声で満ちている社会では、「責任を取るよ」という人が沢山いる社会の方が、誰かが責任をとらなければならないようなリスクが減っていくと言っています。責任とは他者とつながり、自分がいるグループをお互いに良いものにしていくために必要なものなのです。
 ソフトボールの監督をしていたとき、最初は自分の責任にしか目が行きませんでした。しかし練習と試合を重ねると当然ながら、中学生も高校生も部員一人一人が、自分のプレーに責任を感じていることに気づきました。試合はまさに「責任をとるよ」と言えるメンバーで協力し、戦っていたのです。それに気づいてからは、監督の責任を重いものというだけでなく、私が試合のメンバーになるために必要なものと考えることができ、より一層ソフトボールについて勉強するようになりました。
 鷲田は同じ本で、今求められるリーダーとは、「しんがり」だと述べています。しんがりとは、戦いで退却するとき一番後ろにいて敵を防ぐ部隊です。それは全体を見ると同時に、一番弱い人たちに気を配ることが求められます。責任のポスターのイエスの言葉「わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まねばならない。」(ルカ13:33)は、イエスが自らの責任について語った言葉です。イエスがそれを明言できたのは、神が自分を後ろから支えてくれているという確信だと思います。そして、そのイエスもまた社会の中で小さくされ、後回しにされている人々と共に歩みました。また創立者聖ラファエラ・マリアも、創立者として先頭に立った後、一人のシスターとして、会のしんがりを務めた方だと思っています。
 責任と聞けばまず「とる」「とらされる」という、自分にのみ影響があるものというイメージがあるかもしれません。しかし、それを通じて人とつながっていけるということを、お互いに心にとめましょう。


     ( 世界の姉妹校と共有する教育理念 )


         1. 愛
         2. 生命の尊重
         3. 無償性
         4. 一致・兄弟愛
         5. 正義・連帯
         6. 和解・平和
         7. 喜び・希望
         8. 真理
         9. 自由
        10. 責任

 
 

10の価値

      「 清泉が大切にする10の価値 」