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2018.02.15

~ 校長室の窓から ~「放送朝礼のお話 (社会科 山内先生)」

おはようございます。社会科の山内です。
いきなりですが、問題です。私の人生の中で最も怪我をした場所はどこでしょう。…正解は雪山です。ちなみに骨折と靭帯をのばしています。しかも計3回、全部右足です。雪山といえば、先日ピョンチャンオリンピックが開会しましたね。高梨さらさんや高木美保さんなど日本勢のメダルラッシュに心動かされたでしょう。私はウィンタースポーツを見るたびに、かつて自分がした骨折と靭帯を伸ばしたことを思い出します。
それは置いておいて、オリンピック開会と同時期に起こったニュースで印象に残ったものには何がありますか。私が最も印象に残ったニュースは、台湾で起きた地震です。2月6日の23時50分、M6代で最大震度は7弱を記録する大地震です。この災害により、現在わかっているだけで16人の方が亡くなっています。
なぜ、私がこのニュースに注目しているのかというと、みなさんも経験した2011年の東日本大震災です。もう気づけば約7年前になりますが、私の中では強烈な印象を残しています。
授業でも話したこともありますが、当時、私はまだ23歳の学生で、私には、宮城県の石巻市出身の友人がいました。石巻市では死者が3500名、行方不明者は400名を超える大きな被害を受けています。東日本大震災が起き、4月に彼の呼びかけ、というより門馬の知人からの要請で教員の卵であった私たち9人は、震災で学校がなくなった子どもたちに対して勉強を教えるというボランティアを行うために石巻を目指しました。車を6時間以上走らせた後、まずは現地の様子をと海岸にほどなく近いところを訪れました。そこで見た光景はまさに衝撃的でした。家はほとんどなく、たまにぽつんと1つだけが立っている。ビルは根元から倒れており、学校の3階ほどの高さのところには漁船が刺さっていました。海に人影らしきものもありました。私たちは言葉を出すこともはばかられ、かもめの鳴き声だけが空虚な空に響いていました。あのような光景はこれまでも、できるならばこれからも見たいとは思いません。そんな中、生き残った人たちは、内陸部の学校や病院、公民館などに避難していました。
教育ボランティアを行うまでには日付はまだありましたので、それまでの間に現地の子どもの様子を知ろうと学校の体育館を訪れました。そこでは大勢のボランティアが詰め寄せていましたが、避難している方々の意向で、石巻の伝統的な踊りを10分ほどで覚え、それが踊れたらボランティアをしていい、という決まりができていました。私たちは何とかそれを覚え、ボランティアをすることが許されましたが、中には帰らされた人々もいました。皆さんはこれを聞いてどう思うでしょうか。何て高慢な人たちなんだ!せっかくボランティアに来てくれているのに追い返すとは何事だ!と思うかもしれません。確かに実際に現地に行った私も何でだ?と思いました。
ただ、皆さんに勘違いしないでほしいことがあります。それは現地の方と触れ合っていくうちにわかったことですが、決して彼らは他者を受け入れようとしていないのではなく、自分たちのことを少しでも理解してくれる人たちのボランティアを求めていた、ということです。彼らは家族、友人、知人を亡くし、極限の状態で何とか生きています。実際にそのあと、勉強を教えた中学2年生も母親を亡くしていました。そのような中、他者のことを全く考えないボランティアのことを受け入れることは相当な努力を要します。彼らは想像を絶するような体験をした直後だけに、そんな気力はもう残っていなかったのです。
その時に、気づいたことは、他者から受け入れられるには、まず自分が相手を受け入れるということです。先程のボランティアでいえば踊りがそれにあたります。10分という短い時間で全てを完璧に踊ることは不可能です。ですが、彼らは、どれだけ必死に踊ろうとしているのかを見て、自分たちのことを少しでもわかってくれるであろう人々をボランティアとして受け入れたのです。避難している方々にとっては、その必死さが自分たちのために動いてくれるという示しになるからです。
相手を受け入れることはそう簡単なことではありません。またその方法も多種多様だと私は考えています。声をかけることでもいいでしょう。ただ見守ることでもいいと思います。自分は誰にも受け入れられていないと思っていても、誰かは絶対に見ています。さらに自分が相手を受け入れることで、その人数は意外と多かったことに気付くことでしょう。
最後に、私が敬愛する人物であるガンジーの言葉を紹介したいと思います。「弱いものほど相手を許すことができない。許すということは強さの証だ。」私は、この「許す」ということは「受け入れる」と同じ意味だと思っています。私自身完璧にできてなどいませんが、みなさんはどうぞ人を受け入れ、大らかな人になってほしいと思っています。以上です。

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